2026/10/07 17:30

~アンティークの小さなお話~
なぜ英国のアンティークには、こんなにも薔薇が似合うのでしょう。
前回は、秋にも美しい花を咲かせる薔薇のお話から、中国の薔薇がヨーロッパへ渡り、現在のさまざまな薔薇へとつながっていった歴史をご紹介しました。
今回はもう少し、英国と薔薇の関係をたどってみたいと思います。
薔薇は、英国にとって単に美しい庭の花というだけではありません。
英国を構成する4つの地域には、それぞれを象徴する植物があります。
イングランドの薔薇、スコットランドのアザミ、ウェールズのラッパスイセン、北アイルランドのシャムロック。
なかでも薔薇とイングランドの結びつきは、長い歴史の中で育まれてきました。
その物語をたどると、15世紀の「薔薇戦争」へとつながっていきます。
赤い薔薇と、白い薔薇
15世紀のイングランドでは、王位をめぐる争いが続きました。
後に「薔薇戦争(Wars of the Roses)」と呼ばれるこの争いで知られているのが、ランカスターの赤い薔薇と、ヨークの白い薔薇です。
1485年、ランカスター派のヘンリー・テューダーは、薔薇戦争の大きな転換点となったボズワースの戦いでヨーク家のリチャード3世を破り、ヘンリー7世として即位しました。
そして、その翌年にはヨーク家のエリザベスと結婚。
やがて、ランカスターの赤い薔薇とヨークの白い薔薇を組み合わせた「テューダー・ローズ(Tudor Rose)」が、新しいテューダー王朝を象徴する意匠として使われるようになります。
薔薇は、庭を彩る花であると同時に、イングランドの歴史を語る花でもあるのです。
現代にも受け継がれる薔薇
その伝統は、遠い昔だけのものではありません。
2023年、チャールズ3世の戴冠式のために制作された公式エンブレムには、イングランドの薔薇、スコットランドのアザミ、ウェールズのラッパスイセン、北アイルランドのシャムロックが描かれました。
4つの植物がひとつになり、聖エドワード王冠の形を作っています。
エリザベスⅡ世の戴冠式にも、薔薇
時代を少し遡って、1953年6月2日。
エリザベス2世の戴冠式で女王が身につけたドレスにも、それぞれの国や地域を象徴する植物が刺繍されていました。
そこにも、イングランドを表す薔薇が選ばれています。
そして、この歴史的な戴冠式を記念して、英国の陶磁器メーカー Paragon(パラゴン) も同年、記念のカップ&ソーサーを制作しました。

淡い空色の地に、王冠と「EⅡR」のモノグラム。
金彩をふんだんに使った、王室記念品らしい華やかな一客です。
そして興味深いのは、その後もParagonが戴冠の周年を記念したカップを制作していることです。
Paragonのカップに、繰り返し咲く薔薇
1954年――戴冠1周年。
王冠を中心に、ピンクの薔薇と緑の葉が描かれています。

1955年――戴冠2周年。
中央には、大きく花開いたピンクの薔薇。
その周りには、小さな白い花々が添えられています。

1956年――戴冠3周年。
小さなピンクの薔薇と、シダを思わせる葉。
前年とはまた違った、少し静かな印象のデザインです。

今回、この周年記念のトリオを見比べていて、もうひとつ興味深いことに気がつきました。
1955年の「戴冠2周年」、1956年の「戴冠3周年」と同じデザインのプレートには、1957年の日付が記されたものも残されています。

なぜ1957年の日付が記されているのか、その詳しい経緯までは分かりませんでした。
周年を過ぎても、このシリーズは作り続けられていたのでしょうか。
こうしたバックスタンプから制作の背景を想像できることも、アンティークを手にする楽しみのひとつです。

4客を並べてみると、デザインは毎年少しずつ変わっています。
一重咲きのような素朴な姿で描かれたもの。
王冠を囲むように描かれたもの。
大きく花開いたもの。
緑の葉の中に、小さく咲くもの。
そして、全てに共通して描かれているのが、ピンクの薔薇です。
薔薇がイングランドを象徴する花であることを思うと、この4客の薔薇にも、つい目を留めたくなります。
一客の薔薇から、その向こうの英国へ
もちろん、英国のアンティークカップに描かれたすべての薔薇が、王室やイングランドを象徴しているわけではありません。
けれど、その国の歴史や文化を少し知ってから器を眺めてみると、
これまで「きれいな薔薇柄」として見ていた一客の向こう側に、別の物語が見えてきませんか?
赤い薔薇と、白い薔薇。
二つを重ねたテューダー・ローズ。
王室の大切な場面を彩ってきた薔薇。
そして、英国のアンティークカップに今も咲き続ける、薔薇。
一輪の薔薇から、その向こうにある英国の物語を想像してみる。
そんな楽しみ方ができるのも、アンティークの魅力なのかもしれません。
FEELPORTでは、今回ご紹介したParagonの戴冠記念シリーズから、
1954年・1955年・1956年の周年記念トリオ3客をセットでご紹介しています。
それぞれに描かれた薔薇や、年代ごとに少しずつ異なる意匠を、ぜひゆっくりご覧ください。
